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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)898号 判決 1963年1月30日

控訴人 被告 鯉淵次夫

被控訴人 原告 宮田才一郎 他一名

代理人 関藤次

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人らの第一次的請求はいずれもこれを棄却する。

控訴人は、被控訴人宮田才一郎に対し金一四万円、被控訴人宮田満男に対し金一万円及びそれぞれこれに対する昭和二九年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人宮田才一郎のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて、控訴人と被控訴人宮田才一郎との間に生じたものはこれを折半して各その一を負担するものとし、控訴人と被控訴人宮田満男との間に生じたものは全部控訴人の負担とする。

本判決中被控訴人ら勝訴の部分は、仮に執行することができる。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら復代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は左記一、二のほか原判決事実摘示のとおりである(但し、原判決添付別表第二の三株式引受人の持株数欄のうち根矢松之介名下の空欄は、これに五株と記載すべきものを原審が誤つて書き落したものと認められるからこれを書き加える)からこれを引用する。

一、被控訴人ら復代理人は、

(一)  被控訴人らは訴外常盤殖産相互株式会社(以下この会社を単に常盤殖産と略称することがある)に対して原判決添付別表第一に記載のとおり、金員を預金したのであるが、右会社は実は不存在のものであるから右預金は、右会社の代表取締役と称していた控訴人に対して為したものというべきである。よつて被控訴人らは第一次的請求として、控訴人に対し右預金の返還を求めるものである。なお、被控訴人らは、原審において控訴人は民法第一一七条の趣旨に則つて責任を負うべきである旨主張したが、この主張は撤回する。

(二)  常盤殖産が会社としての存在を認められ、従つて、本件預金が常盤殖産に対して為されたものと認められる場合に備え、被控訴人らは予備的に、控訴人に対し商法第二六六条の三の規定に基づく損害賠償の請求をするものであるがその請求原因の主張を次のように補足する。

常盤殖産が既に事実上の破産状態に陥つたため被控訴人らは今尚本件預金の返還を受けることができず、本件預金相当額の損害を被つたが、常盤殖産の代表取締役としてその業務一切を掌握してその執行に当つていた控訴人は、左記理由により被控訴人らの被つた右損害を賠償すべきである。

(イ)  控訴人が常盤殖産の業務として為した預金の受入は定款及び法令(銀行業法等)違反の行為であるから、かかる業務の執行は、悪意あるものか少くとも重大な過失によるものである。

(ロ)  常盤殖産の受入れた預金については、控訴人は善良なる管理者の注意を以つてこれを運用すべきであつたに拘らず、これを放慢な貸付や不相当の人件費等の支払に消費したものであつて、その結果として預金の返還不能に陥ることは当初から予見し得べきところであつた。換言すれば、控訴人は預金を返還することにつき何ら確実性のない計画のもとにその受入をしたのである。

(三)  控訴人主張の事実中常盤殖産がその主張の日に設立登記を了したことは認めるが、本件預金につき、控訴人主張の如き弁済のあつたことは否認する。

と述べ、新らたな証拠として、甲第二六号証を提出し、当審証人岡盤の証言を援用し、乙第二五号証の一ないし三、第二七号証の一ないし七、第二八号証の一、二、第三一、第三四、第四六、第四八ないし第五〇号証の各成立を認め、乙第二六、第二九、第三〇、第三二号証、第三三号証の一、二、第三五ないし第四三号証、第四四号証の一、二、第四七号証の一ないし一〇の各成立については不知であると述べた。

二、控訴人は、

被控訴人らと常盤殖産との総取引額は四〇万円であつた。即ち被控訴人らが常盤殖産に対し同会社から証券の交付を受けることによつて預けたものが全部で三五万円、一時貸ししたものが五万円であつた。

しかして常盤殖産から被控訴人らに対し左記のとおり弁済された。

イ、昭和二八年六月一三日に金一〇万円(乙第四七号証の七)

ロ、同年八月二七日に金五万円(乙第四七号証の九)

ハ、昭和二九年一月二九日に金五万円(乙第二五号証の二)

ニ、同年一月三一日に金一〇万円(乙第二五号証の三)

ホ、同年二月二五日に金五万円(乙第二六号証)

以上のような弁済の結果昭和二九年二月二五日現在における常盤殖産の被控訴人らに対する残債務は五万円となつたのであるが、右五万円についても、その後常盤殖産の債権者総会において管理人に選任された三木政男、武藤生之、菊地操、堀越博、田口季吉外一五名の者の事務管理により支払済である。

と述べ、新らたな証拠として、乙第二五号証の一ないし三、第二六号証、第二七号証の一ないし七、第二八号証の一、二、第二九ないし第三二号証、第三三号証の一、二、第三四ないし第四三号証、第四四号証の一、二(第四五号は欠番)、第四六号証、第四七号証の一ないし一〇、第四八ないし第五〇号証を提出し、当審証人菊池鶴馬、池田平治、矢口達子の各証言及び当審における被控訴人宮田才一郎の本人尋問の結果を援用し、甲第二六号証の成立を否認した。

理由

一、被控訴人らの第一次的請求は、常盤殖産相互株式会社の不存在を前提とするものであるが、果して右会社が不存在と認め得るや否やについて検討する。成立に争のない甲第七号証、乙第一号証、第八、第九号証の各二、第三四号証の各記載、甲第二三号証の二、五、第二四号証の三、乙第一九号証の二の各供述記載、右乙第一九号証の二の供述記載によつていずれも真正に成立したものと認められる乙第七号証の一ないし三、第八、第九号証の各一、第一〇、第一一号証の各一ないし三、第一二号証、第一四号証の一、二の各記載、原審における控訴人本人の供述、これによつて真正に成立したものと認められる乙第二一、第二二号証、第二三、第二四号証の各一、二の各記載、当審証人岡盤の証言並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は昭和二六年夏ころから所謂株主相互金融を行う関東興産株式会社の社長をしていたが、同年暮同社を退社したので新らたに自ら同種会社の設立を図り、相互銀行の経営に通じていた浜野喜平らと話合つて資本金一〇万円の会社即ち常盤殖産相互株式会社を設立する準備を進め、岡盤、深見栄一その他原判決添付別表第二の発起人氏名欄記載の六名の者の承諾を得て控訴人及び右六名の者が発起人となり、その事業目的を「金融並に投資に関する業務及び前項に附帯する総ての業務」と定めると共に本店所在地を水戸市とし、昭和二七年四月二〇日定款を作成してそのころ水戸地方法務局所属公証人武川佳海の認証を受け、各発起人において右別表第二の株式引受人の持株数欄記載の各株式を引受け、更に浜野喜平、浜野正、宮本宣一から同欄記載の各株式の応募を得、控訴人が立替えて右株金一〇万円の払込を完了し、同月二八日創立総会を招集開催して右別表第二の取締役氏名欄記載の者が取締役に、浜野正が監査役にそれぞれ選任され、同月三〇日に会社設立の登記を了したこと(以上の事実中控訴人が常盤殖産の設立を図つてその発起人となつた点及び常盤殖産の設立登記の点はいずれも当事者間に争がない)、しかして常盤殖産は同年五月一日大蔵省の出先機関である関東財務局水戸財務部に対し当時施行の貸金業等の取締に関する法律(昭和二四年法律第一七〇号昭和二九年六月二三日廃止)第三条所定の貸金業の届出を為し、同月一五日受理され、爾来所謂株主相互金融組織(この実態については後述)による貸金業を営み、土浦市その他主として茨城県下の各地に営業所もしくは出張所を設けて漸次その事業を拡大し、昭和二八年三月末日現在で右営業所等の数は二〇個所に及び、また、資本の額も数次の増資により漸増して同年七月二一日現在で七四〇万円に達したが、その間株主総会や取締役会は、甲第九号証の三、第一三号証の四(乙第三九号証)、第二一号証の三、乙第三七、第三八号証(以上は株主総会議事録)、甲第一〇号証の三(乙第四二号証)、第一一号証の二、第一二号証の二(乙第四〇号証)、第一四、第一五、第一六、第一七、第一八、第二〇号証の各三、第一九、第二二号証の各四、乙第三五、第三六号証(以上は取締役会議事録)に記載されているとおりには必ずしも行われなかつたとしても、とにかく何回かはそれらが実際に招集、開催されて、会社の発行する株式総数の変更に伴う定款の変更や新株の発行その他の事項が決議されたこと、以上の事実を認めることが出来る。

被控訴人らは、岡盤、岡ヤスヱ、深見栄一らはいずれも常盤殖産を設立する意志がないのに控訴人が同人らの印章を擅に使用して常盤殖産の原始定款を偽造し、更にその株式の引受、株金の払込、創立総会の招集、開催、取締役の選任等、会社設立に必要な諸手続を経た事実がないに拘らず、常盤殖産の存立に関する重要書類中控訴人名義の部分を除くその余の部分全部を偽造し常盤殖産の存立を偽装しているに過ぎないから常磐殖産は法律的にも社会的にも実体のないものであると主張するが、右主張の一部に添う甲第二三号証の三(この成立については争がない)の供述記載及び前示岡証人の証言の一部は前顕証拠に照らし措信できず、ほかに右主張を認めるに足る証拠はない。右認定のとおりであるから常盤殖産は適法な手続によつて設立された株式会社であつて、法律的には勿論社会的にも実体を備えた会社と謂うべきである。尤も前示認定の事実によれば、常盤殖産の設立後におけるその株主総会や取締役会の決議については不存在乃至無効の問題を生ずるかも知れないが、かかる事実は何ら前記判断の妨げとなるものではない。

されば常盤殖産が会社として不存在であることを前提とする被控訴人らの第一次的請求は、これ以上の判断を何ら加えるまでもなく、いずれも失当として棄却を免れないものである。

二、そこで被控訴人らの予備的請求について判断する。

(一)  常盤殖産が前記貸金業等の取締に関する法律第三条所定の貸金業の届出を為して所謂株主相互金融組織による貸金業を営んでいた会社であることは前段認定のとおりであるが、先ず常磐殖産の所謂株主相互金融組織なるものの実態が如何なるものであつたかを見るに、当審証人岡盤、原審証人菊池鶴馬、原審における控訴人本人の各供述、成立に争のない乙第一九、第二〇号証の各二、甲第二三号証の二、四、五、第二四号証の三、四の各供述記載、乙第二七号証の一ないし七、甲第七号証、前示菊池証人の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第一ないし第六号証(同号各証の記載中表面の証券番号、債権者名、年月日及び裏面の営業所欄の各記載部分を除いた部分の成立については争がない)、前示乙第一四号証の一、二の各記載、前示乙第一九号証の二の供述記載によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第五号証、第六号証の一、二、第一八号証の一ないし三、控訴人作成名義のものを除くほかすべてその成立の争われている甲第八号証の一ないし第二二号証の九の各記載並びに弁論の全趣旨を総合すると、常盤殖産ではその所謂株主相互金融組織に加入するよう一般大衆を勧誘し、これに応じた者(以下これを加入者ということにする)との間に、五〇〇〇円又は一万円を一口として一口以上の口数による一定の金額を定め、加入者をして日掛もしくは月掛の方法により右一定金額に満つるまで払込みをさせ、加入者の払込済掛金の累計額が前記一定金額に対してある一定の割合に達すると(例へば、前記一定金額が一万円で日掛の掛金が一〇〇円とすれば、二〇日間の掛金払込により、即ち払込済掛金の累計額が二〇〇〇円に達したとき)、当該加入者は常盤殖産から少くとも前記一定金額以上の金員を融資してもらう資格を取得するものとし、もし加入者がかかる融資を受けず又は融資を受けた金員を返済して前記一定金額に達するまで掛金の払込を完了したときは当該加入者は払込元本及びこれに一定の(例へば元本一万円の場合は三〇〇円)の報償金を加えて返還を受けることができ、もし希望すれば、右元本を以つてこれに相当する額面の常盤殖産の株式を右会社から買受けて株主となることもできる旨の契約又は加入者から前記一定金額を借入金として一定の据置期間なるものを定めて一時に払込を受け、右据置期間中毎月右期間の長短に応じた一定利率(例へば、据置期間が六ケ月のものは月三分の割合)による優待金を加入者に支払うことにし、加入者は右払込と同時に常盤殖産から融資を受ける資格を得るほか右期間満了の日即ち満期日に払込元本の返還を受け得ることは勿論、もし希望すれば右元本を以つてこれに相当する額面の常盤殖産の株式を右会社から買受けてその株主となることもできる旨の契約(この契約が締結されたときは常盤殖産から加入者に対し甲第一ないし第六号証の如き証券と称する証書が交付された)を締結し(常盤殖産では以上の如き契約をすべて株式償還払込契約と呼んでいた)、かかる契約に基づき掛金もしくは借入金として不特定多数の者から金員の受入を為し、他方右金員をば右契約に基づいて融資を受ける資格を取得した加入者乃至常盤殖産の株主となつた者で融資を希望する者に対し物的もしくは人的の確実な担保を徴することなしにただ高利率(例へば、一万円の貸付をする場合二五〇〇円乃至三〇〇〇円の天引をなし、その返済としては一日一〇〇円宛を、天引額の多寡に応じ一〇〇日乃至一二〇日の期間扱つてもらう約を結んだが、貸付利率は日歩に換算して概ね三〇銭前後であつた)で貸付けることを業務内容とし、前記報償金乃至優待金と貸付金利子との利鞘によつて営業収益を挙げるべく図つていたものであり、かかる業務形態に即応し常盤殖産では適時その役員又はその営業所もしくは出張所の所長ら会社関係者が個人の資格を以つて新株の引受をした形式のもとに加入者から掛金として受入れた金員を利用して増資手続を行い、これによつて常時自己の株式を手許に保有して置き、加入者で株主となることを希望する者が現われたときはその者に対し右保有にかかる前記会社関係者名義の株式を当該名義人から譲渡してやる形をとつて当該加入者を常盤殖産の株主たらしめていたものであることが認められる。以上認定したところによれば、常磐殖産がその所謂株式償還払込契約に基づき不特定多数の加入者から掛金もしくは借入金として受入れた金員はいずれもその所定の期日に加入者に返還されることを本則としていたものであつて、加入者はその払込んだ金員を常盤殖産の自由な運用に任せてその保管を依頼すると共に利息相当の報償金乃至優待金の支払を受け、常盤殖産はその受入金員をば他(他の加入者乃至株主)に貸付けて営利を遂行していたのであるから加入者と常盤殖産との間の前記所謂株式償還払込契約なるものは、実質上金銭消費寄託契約と認められ、ただこれに加入者の融資を受ける資格及び常盤殖産の株式取得に関する前叙の如き特約が付帯する点で若干の特異性があるに過ぎず、従つて加入者の払込金は掛金名義のものであれ、借入金名義のものであれ、いずれも預金に外ならないというべきである。前示乙第一九号証の二、原審における控訴人本人尋問の結果中前記認定の掛金は常盤殖産の株式売買代金の分割払金であり、また前記認定の借入金は文字どおりの借入金であるかの如き供述記載乃至供述部分は採用できず、ほかに右認定を左右すべき証拠はない。

(二)  さて、前示甲第一ないし第六号証、乙第二七号証の一ないし七、当審証人矢口達子の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第四七号証の一ないし八の各記載、原審証人菊池鶴馬、当審における被控訴人本人才一郎の各供述並びに前段認定の事実を総合すれば、被控訴人才一郎は常盤殖産との間の一時金払込方式による前記所謂株式償還払込契約に基づくものとして、原判決添付別表第一の預金年月日欄及び金額欄記載のとおり、昭和二八年二月一八日から同年六月一六日までの間前後五回に亘り合計金二四万円を常盤殖産に預金したこと、尤も右預金中昭和二八年六月一六日にした金一〇万円の預金(甲第五号証の証券の分)は現実に金員を交付してしたものではなく、それより先き昭和二七年一二月一六日同被控訴人が本件預金をした契約と同様の契約により常盤殖産に預金した金一〇万円が六ケ月の据置期間を満了し、返還を受け得ることゝなつた際この債権を目的とする準消費寄託契約を結ぶことによつてこれをしたものであること並びに被控訴人満男も常盤殖産との間の前同様の契約に基づくものとして昭和二八年一月三〇日金一万円を常盤殖産に預金したことがそれぞれ認められる。

(三)  しかして前示乙第一四号証の一、二、当審証人池田平治の証言により真正に成立したものと認められる乙第三〇号証、成立に争のない乙第四九号証の各記載、前示甲第二三号証の五、乙第一九、第二〇号証の各二の各供述記載、原審証人菊池鶴馬、原審における控訴人本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、常盤殖産では創業当初のころは主として、前記掛金形式によつて預金する加入者(この種加入者には安易に融資が得られることに惹かれて預金する者が多かつた)を殖やすことにしていたが、この種加入者で融資を受けることを希望する者が増加するにつれて貸付資金に不足し勝ちとなり(このことは掛金形式による前記の所謂株式償還払込契約を前提とする限りは当然のことというべきである)、これを調達するため漸次前記借入金形式によつて預金する加入者(この種加入者には高利の預金によつて利殖することを狙つて預金する者が多かつた)を殖やすことに重点を置くようになつたので、そのための人件費や運営費乃至高利の支払利子等として多額の経費を必要とするに至り、このことが資金需要に拍車をかけ、益々右借入金形式による預金の受入増加に力を注ぐに至つたものであつて、かかる悪循環の結果、創業以来の決算は毎期赤字であり、その負債(その主要なものが加入者に対する預金返還債務たることはいうまでもない)だけでもその資産(その主要なものが加入者乃至株主に対する貸付金債権であつたことは勿論である)を遥かに超過し、しかもその超過額は増大の一途を辿つていたこと、たまたま昭和二八年六月ころ常盤殖産と同種の業務を営んでいた保全経済会その他の所謂殖産会社で倒産するものが続出し、この種会社の業務の実態が新聞その他によつて報道されるに及んで、これに対する一般世間の信用は忽ちにして失墜し、常盤殖産も亦その例に漏れず多数加入者からの解約乃至取付に逢う羽目となり、新規加入者は素より杜絶し、貸付金債権も適切な担保を欠いていたためその回収意の如くならず大半が貸倒れとなり、同年九月ころ控訴人から同人の個人所有の山林立木を処分した代金の出捐を得ることにより(この点につき、前示乙第一九号証の二の供述記載及び原審における控訴人本人の供述中右と趣旨を異にする部分は前示乙第二〇号証の二の供述記載に徴し措信しない)辛じて預金の一部を弁済することができたのみで昭和二九年二月ころには全くの支払不能に陥り遂に倒産してしまつたこと、以上の事実が認められる。

(四)  以上認定の事実によれば、常盤殖産が倒産したのは皮肉にも常盤殖産が前叙の如き形態の所論株主相互金融組織による貸金業務を継続したこと自体に起因するものといわざるを得ない。蓋し常盤殖産が破綻するに至つた前段認定の経緯が雄弁に物語る如く、前叙の如き業務形態のもとにあつては、常盤殖産の債務は増加の一途を辿り、その貸付金はいずれも貸し倒れの危険に曝され、その資本は充実を欠くに至ることいずれも不可避であつて、しかもかかる経営破綻を招くべき因子は常盤殖産がその業務を推進すればする程益々累積増大せざるを得ず、かくて何らかのきつかけさえあれば忽ちにして倒産に至るは必至であつたと認められるからである。この点に関し控訴人は常盤殖産の倒産した原因は、所謂保全旋風に続く同種会社である株主相互金融機関に対する世間の非難と不信のため新規の加入申込が減少したこと、加入者の解約が増加したことに在ると主張するが、常盤殖産と同種会社で倒産するものが続出した事実の如きは常盤殖産の倒産にとつて単なるきつかけを与えたに過ぎないものであり、また、世間の非難と不信のため新規申込が減少乃至杜絶し、加入者の解約が増加した事実は、常盤殖産が内蔵していた破綻原因が表面化したことの当然の結果に外ならず、これをその倒産の原因とみるのは見当違いである。又控訴人は、取締役深見栄一その他の者が常盤殖産の帳簿、証書を勝手に持出してその債権を取立てて流用したため常盤殖産は今日の混乱状態に陥つたのであると主張し、前示乙第一九、第二〇号証の各二の供述記載、これによつて真正の成立を認め得る乙第一三号証の記載及び原審での控訴人本人の供述によれば、昭和二九年二月二六日ころ常盤殖産の債権者の代表者と称する三木政男ほか十数名(深見栄一を含む)の者が右債権者の債権保全のためなりとして常盤殖産の帳簿類をその本店事務所から持出して保管することにし、その貸付金の取立を試みようとした事実が認められるが、既に認定のとおり常盤殖産は当時既に倒産していたものと認められ、従つて右認定の事実を常盤殖産の倒産の原因と目し得ないことはいうまでもない。

(五)  さて、前段認定のとおり常盤殖産が倒産した結果、その債権者たる加入者が預金債権相当額の損害を被つたことは明らかであるが、控訴人は、被控訴人らが本件預金の全部につき弁済を受けた旨主張するのでこの点を検討する。当審証人菊池鶴馬、被控訴人本人才一郎の各供述成立に争のない乙第四八号証の供述記載並びに当審証人矢口達子の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第四七号証の九、前示甲第五号証、成立に争のない乙第二五号証の三の各記載を総合すると、被控訴人才一郎は本件預金中昭和二八年六月一六日に預けた金一〇万円の預金につき、常盤殖産から同年八月二七日と昭和二九年一月三一日の二回に互りそれぞれ金五万円の弁済を受け結局その完済を得たことが認められる(当審における被控訴人才一郎の供述及び前示乙第四八号証の供述記載中右認定に反する部分は措信できない。被控訴人才一郎が昭和二八年八月二七日に支払を受けた五万円を右認定のように同人が同年六月一六日にした一〇万円の預金に対する一部弁済-右五万円がいずれにせよ一〇万円の預金に対する一部弁済であることは乙第四七号証の九の記載によつて明瞭である-とみるときは、同被控訴人は右一〇万円の預金についてはその満期日の到来する前にその一部の弁済を受けたことになるが、そもそも右一〇万円の預金なるものは既に述べたとおり同被控訴人が昭和二七年一二月一六日にした預金の満期日が倒来した際に準消費寄託契約を結ぶことにより預金し直したものである事実、右一〇万円の預金のほか、同被控訴人のした金額一〇万円の預金で右弁済の為された当時既に弁済期の到来したものゝあつたことを認むべき証拠のない事実、後示するところによつて明らかな如く同被控訴人は常盤殖産から前示年月日に五万円宛二回に互つて預金の返済を受けたほか預金の返済を受けたことのない事実並びに同被控訴人の当審での供述の一部、乙第二五号証の三、甲第五号証の各記載を総合すると、前示のとおりに認定するほかなく、甲第五号証が今なお同被控訴人の手裡に在る事実及び乙第二五号証の三に一部支払金との記載ある事実は必ずしも右認定の妨げにはならない)が、被控訴人才一郎の本件預金中その余の部分並びに被控訴人満男の本件預金については控訴人の主張するような弁済のあつたことを認めるに足る証拠はない(控訴人は常盤殖産から被控訴人らに対し昭和二八年六月一三日金一〇万円弁済されたと主張し、その証拠として乙第四七号証の七を援用するが、同証は被控訴人才一郎のした前記の本件預金とは別口の一〇万円の預金が満期となり常盤殖産においてこれを同被控訴人に返還すべきこととなつた-これが実際には返還されず改めて預け直されたことは既に述べたとおり-際常盤殖産で切つた出金伝票であつて本件預金の弁済の証拠たり得ないものである。また、控訴人は、常盤殖産から被控訴人らに対し昭和二九年一月二九日に金五万円弁済されたと主張し、成立に争のない乙第二五号証の二及び当審での被控訴人本人才一郎の供述によれば右五万円支払の事実はこれを認め得るが、当審証人矢口達子の証言により真正に成立したものと認められる乙第四七号証の一〇及び当審における証人菊池鶴馬、矢口達子、被控訴人本人才一郎の各供述によれば、右五万円は被控訴人才一郎が常盤殖産に対し昭和二八年九月二日文字通りに一時貸しした金五万円の貸金に対する弁済として支払を受けたものであることが認められるからそれは本件預金の弁済とは関係のないものである。また控訴人は常盤殖産から被控訴人らに対し昭和二九年二月二五日に金五万円弁済されたと主張し、その証拠として乙第二六号証を援用するが、同号証についてはその成立を認めるに足る証拠がない)。そうとすれば常盤殖産倒産の当時これに対し被控訴人才一郎の有した本件預金残債権は金一四万円、被控訴人満男の有したそれは金一万円であつたことが明らかであり、右倒産により被控訴人らはそれぞれ右債権相当額の損害を被つたものというべきである。

(六)  控訴人が常盤殖産の設立以来その代表取締役として常盤殖産の営業-それが所謂株主相互金融組織による貸金業であつてその実態が如何なるものかについては既に説明のとおりである-を主宰して処理し会社を運営してきたことは控訴人の認めるところであり、従つて控訴人は法令及び同会社の定款の定め並びに株主総会の決議を遵守し善良なる管理者の注意を以つて同会社の為め忠実に其の職務を遂行する義務を負つていたものであることはいうまでもない。飜つて控訴人がその職務としていた常盤殖産の前叙所謂株主相互金融組織による貸金業務なるものを検討するに、その根幹を為すところの不特定多数の者から掛金もしくは借入金名義の預金を営業として受入れる行為は、常盤殖産の前示定款に所謂金融乃至は之に附帯する事業と謂い得るか疑問であるのみならず、それは前記貸金業等の取締に関する法律第七条の預り金禁止の規定に違反(此の違反は同法第一八条により三年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は併科)するものであることは明らかであり、又右業務は全体として銀行乃至相互銀行の業務たる実質を有することを否定し難く、常盤殖産が銀行業乃至相互銀行業を営むことにつき主務大臣の免許を得たことを認むべき証拠はないから右業務は銀行法第二条乃至銀行法第三条にも違反するものといわざるを得ず、以上の点において控訴人は前示職務を行うにつき少なくとも法令を遵守すべき義務に違反していたものといわなければならない。また、常盤殖産の業務形態がその債務は増加の一途を辿り、その貸付金はいずれも貸し倒れの危険に曝され、その資本は充実を欠くに至ること必至のものであつたことは既に述べたとおりであるが、かかる業務形態を執つたことにおいても控訴人はその職務を行うにつき取締役としての前示忠実義務乃至善管注意義務に違背していたものといわなければならない。

(七)  常盤殖産がその業務を継続したこと自体が原因となつて遂に倒産したことは(四)で説明したとおりであるがが、前段認定のとおり常盤殖産の右業務は控訴人がその代表取締役として前示の義務に背いてこれを執行したものである以上常盤殖産の倒産の原因は畢竟控訴人のかかる職務執行に在るものというべきであり、従つて常盤殖産の倒産に因つて被控訴人らの被つた前記損害も畢竟控訴人の前示義務に背いた職務執行に因つて生じたものといわなければならない。

(八)  しかして以上一、二の(一)(三)(四)(六)で認定の事実に原審証人菊池鶴馬の証言の一部を併せ考えると、控訴人は常盤殖産の代表取締役としての前示職務の執行が前示の如きその義務に反するものであることを知悉していたもの即ち悪意であつたと認められるのであつて、仮に悪意でなかつたとすれば、前示職務をば前示の如き義務に背いて執行したことにつき重大なる過失があつたものといわざるを得ない。この点に関し控訴人は、監督官庁たる大蔵省に常盤殖産の事業計画書を提出し、その業務につき監督を受けていたに拘らず、何らの注意を受けたことなく、その業務を行うにつき違法の認識なく、かつ、その認識のないことについての過失もなかつたと主張するが、前叙認定の常盤殖産の業務形態及び前示菊池証人の証言によれば、常盤殖産がその業務についての監督官庁たる大蔵省やその出先機関たる関東財務局水戸財務部の監督を受けていたに拘らず何らの注意も受けなかつたのは控訴人が常盤殖産の代表取締役として前示の如き違法行為をしながら形式上帳簿その他の証憑書類を適法なるものゝ如くに装つていたからに外ならないものと推認され、右注意を受けなかつたという事実は控訴人の前示職務を行うについての悪意又は重過失を認定するのに毫も妨げとなるものではない。

(九)  以上認定の事実によれば、控訴人は商法第二六六条の三の規定により被控訴人らに対し被控訴人らの被つた前記損害を賠償すべき義務がある。

なお、控訴人は、控訴人は昭和二八年九月二五日常盤殖産の債権者の代表者たる三木政男に対し常盤殖産の債務額を超える時価約三千万円に相当するその所有山林を信託譲渡したから控訴人の責任は消滅したと主張するのであるが、右主張の如き信託譲渡のあつた事実を肯認するに足る証拠なく(既に認定したとおり控訴人は右主張のころその個人財産たる山林立木を処分しこの代金を常盤殖産のために出捐してその債権者に対する支払に充てることにしたものであり、前示乙第二〇号証の二の供述記載によれば、三木政男は右の山林立木を個人で買受けたうえ控訴人の意思に従つて右売買代金(但しその一部)をば控訴人に交付することなく直ちに常盤殖産の債権者に対する弁済資金に充てたに止まるものであることが認められる)、従つて右信託譲渡を前提とする控訴人の右主張は採用の限りでない。

(一〇)  以上のとおりであるから被控訴人才一郎の本件予備的請求は、控訴人に対し同被控訴人の被つた前記損害金一四万円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達になつた日の翌日たること記録上明らかな昭和二九年七月一一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、被控訴人満男の本件予備的請求は控訴人に対し同被控訴人の被つた前記損害金一万円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達になつた日の翌日たること記録上明らかな前同日以降完済に至るまで前同様の割合による遅延損害金の支払を求めるものであつて、これは理由があるから正当として認容すべきである。

三  よつて右判断と一部符合しない原判決を民訴法第三八四条第一項、第三八六条に則る趣旨において変更し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第九二条、第八九条を適用し、なお原審の為した仮執行の宣言は無担保でこれを為したことにおいても相当と認められるが、本案判決の変更によりその執行力の範囲は当然に本判決主文末項の如く変更せらるべきであるので注意的に右主文末項においてこれを明らかにすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 宮崎富哉)

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